「地元を旅する、旅が居場所になる」まちは劇場ってなんなんだ会議:東海道編(後編)

静岡市がめざす「まちは劇場」は「一人ひとりが主役を演じることができるまち。誰もが自分らしく活躍できる舞台」という、まちづくりのコンセプトです。けれど私たちの「日常」が大きく揺るがされた2020年は、その舞台である「まち」と人との付き合いかたも、大きく変化した一年でした。

2021年1月、アートプロジェクト『きょうの演劇』のヒントを探して、静岡で「暮らしかた・遊びかた」を発明している若い人たちに会いに行きました。東海道の宿場町を拠点として活動する柴山広行さんと牧田裕介さんの対談、後編です

(撮影:大野写真研究室

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2020年、立ち止まって見えてきたもの

―じゃあすごい転機を迎えて、これから始めるぞ! と2020年になったら、びっくりするような年が来ましたよね。

牧田:宿でコロナで…というと、みんなに「大丈夫?」って言われます。もちろん売上は全然、目標に達していませんし、オープン自体が半年ほど遅れたりもしました。でも僕にとってはその半年間が逆に有り難くて、かなり考えを整理できた。改めてここをどういう場所にしていくかを考えたり、山本さんが元住人の方に丁寧にインタビューをしてくれたりして。もともとここがどんな場所だったのか、相当洗い出されました。

その結果として、一室まるまる作品が独占して、布団は敷けないけどじっくり作品を鑑賞できる部屋ができたりもしました。ちょっと焦っていた自分が、コロナのおかげで立ち止まれたのかな、と思います。

柴山:僕も似たところがありますね。4〜5月と2ヶ月くらい休業したんですけど、子どもと遊んだりバーベキューしたり、それまでになかった家族の時間を過ごして。それは、これまで取ろうと思えば取れたはずなのに自分が取らなかった時間だったんだ、と気付かされたんですよね。

柴山:だからコロナ以降の自分のキーワードは、無理しない、がんばりすぎない、楽しむ。自分の判断基準を全部そこに集約しようと。店を再開して以降も、売り上げは当然考えなきゃいけませんけど、そのために何かを犠牲にするのは、やっちゃいけないなと。頭で考えるんじゃなく、自然とそう判断できるようになった気がします。

たぶん普通に営業していても、日々の業務に追われて、そんなふうにはならなかったと思うんですよ。だから一度立ち止まれたことにはすごく意味があるし、かけがえのない時間だったと思います。

僕は昨年(2020年)10月に社長になったばかりなんです。いまタイムカードの打ち方とか社員評価といったところから組織を作り直しているところです。もともと僕にそういう引き出しがまったくないのが逆によくて、従業員たちの意見を聞きながら、自分たちの価値観やものさしでみんなの会社をつくろうぜ、という雰囲気が生まれています。


東海道は、いろいろな人の居場所

―いろいろなところで言われているように、価値観が変わっていくべきタイミングはすでに来ていたところに、強制的にポーズ(一時停止)ボタンが押されて、変化を促した面もありましたね。一方「まち」という視点でいえば、苦しいことも含めて変化を余儀なくされていると思います。そんな中、これからご自分の活動を通じてやっていきたいこと、つくりたい風景はありますか。

柴山:昨年の緊急事態宣言が明けた後、丸子にある75店舗すべてが参加してのスタンプラリーを実施したんです。商店街、行政、議員が協力し合って、初めて地域の全店舗参加イベントが実現できたのは大きな成果でした。

柴山:それと丸子には丁子屋を含め、とろろ屋さんが6店舗あります。本来、丸子イコールとろろ、つまり地域ブランドだった。新年の日経新聞では、読者が選ぶ全国の郷土汁ベスト10の8位に「静岡県のとろろ汁」が選ばれました。これはもう静岡県はとろろ県、といってもいいんじゃないか。それは僕らレストランもそうですが、やっぱり生産者と地元のお客さんがいてくれてこそ。地域全体で「静岡といえば、とろろだよね」と言ってもらえるような風景を目指しています。

牧田:まずは素空庵の半径数百メートルくらい、蒲原駅前の風景が少し変わっていくということを5年くらいかけて実現したい。それから、これは「まちは劇場」とも関わりそうな気がするんですけど、住むことと泊まることの違いって、結局、滞在時間の長さの違いだけなんじゃないか。一日だけ泊まるとか、地元で泊まるとか。もうちょっとコロナが落ち着いたら、東京から静岡の距離感というのは、ふらりと来られる非日常ですよね。

牧田:定額で多拠点居住ができる「ADDress」というサービスも出てきていますけど、同時期に蒲原でオープンした「バックパッカーズホステル 燕之宿」さんはすでに登録して、アーティストとか、ちょっと尖った感性のある方が来ているようです。そうした小さな拠点を転々と飛び回って暮らす文化が若い人中心に、テレワークと併せて広がっていくときに、そのひとつの拠点として蒲原が認知されていくといいですね。「住む」と「泊まる」が曖昧になっていくまちのイメージがいいなと思っています。

柴山:たしかに。東海道を歩く人たち、面白い人が多いんですよね。ある人は、富士山に登るためにわざわざ伊勢神宮のなんとか富士っていうところから、富士山型のお神輿を担いで東海道を旅してきたんです。その過程で出会った人みんなの夢を書いてもらって、それを日本一、天に近い富士山頂で届けるのが目的だと。その人は、広重さんが描いた七夕の絵をきっかけにそういうことを始めたそうなんです。

牧田:「東海道を歩いている人」という視点は面白いですね。駿河バイパス、東名高速道路、県道が通っていて、更に外れたところに旧市街の宿場町が残っていて。それぞれ移動スピードの違う道が分かれているから、古い街並が残ってきたんだろうなと。ロードサイドが開発されていたらきっと、どこにでもあるようなまちができていたでしょうね。そういうインフラ環境も大きいのかなと思います。

―宿場町ということ、"住む"と”滞在する”の間というのは、キーワードですね。日常と非日常がバツっと分かれていない。私も昨年までは飛び回って暮らしていたので、よそ者として「まちは誰のものなんだろう」と感じることは多くて。ひととき佇む人も通り過ぎる人も、いろいろな人にとっての居場所がある、そういうまちは、住んでいる人にとってもいいまちなんじゃないかなと思います。宿場町にはもともとそういう素質があるのでしょうね。

牧田:「劇場」というとやっぱり非日常、「まち」には日常というイメージがあるじゃないですか。素空庵も町家(住居)という日常から、旅館という非日常の場所に変わろうとしているけど、変わりきらない、矛盾した、曖昧な心地よさを大切にしたい。それを人に伝えるのって相当難しいとは思うんですけど、僕にとっては半分、趣味のようなもので。僕はパチンコもタバコもお酒もアウトドアもそんなにやりませんが(笑)、建物の新しい使い方にチャレンジするのが楽しくて。そういう、自分なりのまちの楽しみ方なんです。

―定義づけられない場所をつくろうとしている?

牧田:そうですね。「旅館型文化施設」というのは、それを探ったネーミングでした。

柴山:東海道には、お神輿を担ぐ旅人もいれば、建築家もいれば、とろろ屋さんもいれば、いろんな登場人物が出たり入ったり。それが現代版の宿場になっていけばいいですね。静岡は、東海道の中でも一番、宿場が多い市なので。東海道には東西の動きだけでなく、南側に前浜の「しずまえ」、北側に中山間地域の「オクシズ」があって、南北の流れもある。宿場を起点とした東西南北の動きは、観光的にも、暮らしとしても面白いんじゃないかな。

―そういう意味ではワーケーションだったり、以前のように行き来がもっと自由になればインバウンドの可能性も依然として大きいと思いますが、静岡で暮らしている方たちとどう関わっていきたい、というイメージはありますか?

牧田:場所を運営するにあたって大事にしなきゃいけないのはご近所の方々だと思っています。宿泊施設はややもすると騒音やごみ等のリスクも伴います。そういう場所が近くにあるということを、地域の人たちに応援していただける環境をつくることが一番大事だと考えています。

牧田:もうちょっと広く市内、県内という視点でいうと、もちろんみんなに知ってもらえたら嬉しいかもしれないけど、一方でその必要はないというか…。こういう取り組みに共感してくれる人を何人くらい増やしていけるか、ということを考えています。最初は、それこそ素空庵を中心とした100人くらいのコアなつながりがつくれたら、それが僕にとっての完成形に近い。人数というよりも、100人の関係の質というか「濃さ」を大事にするために、たとえばお披露目会や展示会に来てくれた名簿を大切にする。そういう形で少しずつ増やしていくことが大事かなと。

柴山:同感です。応援してくれるし、自分も応援する関係性。自然と共感が広がっていった結果、丁子屋を知ってもらえればいい。静岡の魅力や楽しさを共有できれば、勝手に広がっていくし勝手に歴史がつながってくる。丁子屋の場合なら、それが「伝統」ということにつながってくるのかなと思っています。そういう、関係性づくりですね。

牧田:丁子屋さんには長い歴史があって、手を差し伸べる立場になる機会が多いと思います。僕も欲を言えばそこにいけたらいいな、と思っていて。たとえば蒲原というまちに興味を持ってくれて何かやりたいという人がいたら、自分には何ができるかなと考えます。

柴山:夏休みに自由研究をした子どもたちは、確実にそうなっていますよね。それは将来に残っていくんじゃないかな。僕もそうですけど、今は種まきをしている段階かなって。


それぞれの「まちは劇場」

―最後に「まちは劇場」という言葉を聞いて、どんなことを思い浮かべるか教えていただけますか?

柴山:「まちは劇場」と聞いたときに、中心市街地で行われているアートや演劇といった取り組みなのかなというのが第一印象でした。でも今回お話を聞かせてもらっている中で、それは自分の先入観に過ぎなくて、いま静岡市内でいろいろな活動している人たちにお話を聞くだけでも「まちは劇場」の活動になる得るんじゃないかなと思いました。

牧田:市民が主体的にまちづくりをする、という視点にはすごく共感できますね。最初に「まちは劇場」という言葉を聞いたとき、さっきもお話した、日常と非日常という矛盾が面白いな、と印象に残ったんですよ。あなたは「まち」という舞台をどれだけ楽しめますか? という静岡市からの投げかけなのかな、と。それに対して、僕なりにできることを返せたら、それが理想だろうなと思いますね。

ただ最近、石神さんから聞くまで僕は知らなかったですね、静岡市に「まちは劇場推進課」があるって。こうした、企業ですらなかなか経営指標に上がってこないようなことに取り組むって「さすが地元静岡だ」と思ったりしました(笑)。

―私も昨年、静岡に引越して来たばかりですが、そういう理念を掲げているまちって面白いなと思うし、もっと知ってもらいたいですね。もちろん街角でアーティストのパフォーマンスが行われているのも「まちは劇場」だけど、静岡で暮らす日常そのものに関わるコンセプトだと思うので。今日はありがとうございました!

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