「地元を旅する、旅が居場所になる」まちは劇場ってなんなんだ会議:東海道編(前編)

静岡市がめざす「まちは劇場」は「一人ひとりが主役を演じることができるまち。誰もが自分らしく活躍できる舞台」という、まちづくりのコンセプトです。けれど私たちの「日常」が大きく揺るがされた2020年は、その舞台である「まち」と人との付き合いかたも、大きく変化した一年でした。

2021年1月、アートプロジェクト『きょうの演劇』のヒントを探して、静岡で「暮らしかた・遊びかた」を発明している若い人たちに会いに行きました。第一回に登場するのは、東海道の宿場町を拠点として活動する、柴山広行さんと牧田裕介さんです。

(撮影:大野写真研究室

 

お話を聞いたのは…

柴山広行(「丁子屋」14代目社長)
昭和53(1978)年9月生まれ。20代、大阪の大学卒業後、和太鼓チーム「大阪打打打団」に入団。2004年に兵庫県出身の薬師寺知子さんと出会う。2006年27歳で結婚、帰静、丁子屋入社。2013年、3児の父となる。2020年10月12日(歌川広重命日)に14代丁子屋平吉を襲名。地域の一員として妻と共に、子供食堂の応援やマルシェ運営。2017年クラウドファンディングにて500名より築400年の茅葺修復費用1,000万の支援金を集める。翌2018年に約40年ぶりとなる茅葺葺替事業を行う。その他地域資源を生かした商品開発や、地元商店との連携を通して、人と人がつながり、やがて歴史や文化が広がる土壌作りを目指している。座右の銘は「咲いた花見て喜ぶならば、咲かせた土の恩を知れ」。

牧田裕介(旅館型文化施設 素空庵 / Soku-an 代表、(株)平成建設 企画部 兼 空間漆芸室)
1990年清水区生まれのサッカー少年。清水FCから清水東高サッカー部へ。京都大学・大学院では、建築や景観の設計を専攻し、空き家再生による地域活性化をテーマに論文にまとめる。一年間休学し、スイスの大手設計事務所にてインターンとして働く。給料を週末旅行に注ぎ込み、12カ国の名建築や美術館を巡る。現在は、大工を育て匠千人を目指す(株)平成建設に勤める傍ら、蒲原にて解体予定だった元表具屋の町家の再生を志し、"旅館型文化施設" 素空庵 / Soku-an を2020年8月に立ち上げた。染織を軸に国内外で活躍する美術家山本愛子氏の個展「佇む旅」を11月に開催し、計100名以上が来場。作品は常設とし、宿泊者は一棟を貸切って作品と寝食をともにする。


東海道、宿場町から

今日は東海道、宿場町で活躍されているおふたりの対談。首都圏で緊急事態宣言が発出されるなか、オンラインでの初顔合せとなりました。

―実は、お二人は「はじめまして」なんですよね。柴山さんは安倍川の西、「丸子(まりこ)」という宿場町で数百年続くとろろ汁の老舗「丁子屋」14代目の若旦那さん。地域を巻き込んだイベントや情報発信など、精力的に活動しています。


浮世絵の中の旅人になれる空間

柴山:(歌川広重『東海道五十三次』丸子の宿の浮世絵を見せて)この浮世絵の中のお店が、当店ではないかといわれています。今年で創業426年を迎えました。

牧田:すごいですね。

柴山:有り難いことです。昔からずっと変わらず、とろろ汁を提供しています。僕は入社して16年目になるのですが、それ以前は大阪で和太鼓のチームの一員として活動していたんですよ。数ヶ月間、海外遠征に出ていることもあるなかで「表現するって面白いな」と感じていました。でも会社、組織、ビジネスという経験はなかった。そこから15年間もがいて、今たどり着いたのは「丁子屋に来店したお客さんが、この浮世絵のなかの旅人になる」ということです。

photo by 竹田武史

柴山:この(浮世絵に描かれた)旅人のようにとろろを食べていただく空間、サービス、雰囲気を僕たちがつくる。ディズニーランドじゃないですけど、それができれば、とろろの価値も上がるし、今ここでしかできないサービスになるんじゃないかなと考えるようになりました。

もうひとつの取り組みは「宿場なう」。3年前から始めました。老舗という枠にとらわれず、宿場でがんばっている皆さんをテレフォンショッキングみたいな紹介制でつないでいった地図です。「はじめまして」と電話して、インタビューして、写真入りの記事パネルにして、それを浮世絵と一緒に展示する。これがすごく楽しいんです。店内の資料室で毎月4〜5点を月替りで展示する形でやってきて、あと6箇所というところまで来ました。

牧田:先ほどお話にあった、浮世絵に描かれた情景を理想として、お客さんがそこに描かれている人に自分がなれるというのは、面白いですね。まさに劇場的というか、昔の物語という舞台に自分が参加するってロマンだなあと。もしかしたら「まちは劇場」に近いのかもしれませんね。

柴山:東海道は、中山道ほど昔のものがわかりやすく残っていないんです。東京・京都・大阪をつなぐ日本の現役バリバリの大動脈。発展と引き換えに昔のものが残されにくかった。とはいえ、まったくゼロじゃない。逆にいえば、今あるところから紐解いて、自由に想像していく余白がある。牧田さんもそうですけど、これからいろいろな人が加わって、みんなで掘り起こしていける可能性は大きい。上の世代が残してくれたものを新しい世代の感性で翻訳して「ぼくらの東海道」になったらいいなと思っています。

牧田:たしかに東海道には飛び飛びで大きな都市があるので、その間に歴史的な風景が残っているんですよね。蒲原や丸子は、そういう貴重な場所かもしれませんね。

日常生活と「滞在」のあいだ

―牧田さんは昨年、清水区の宿場町「蒲原」で、旅館型文化施設「素空庵(そくうあん)」をオープンしたばかりです。まだ30歳とお若い。

牧田:僕は高校までしか清水に住んでいなくて、京都に6年、東京に3年、海外に1年。清水を出て約十年経ち、今はよそ者ですね。そうやって、いろいろなまちに住む中で、いつも静岡とどこか比べて見てきたのかなと改めて感じます。

牧田:たとえばスイスだったら、大都市でも電車で15分くらい行くだけで牧歌的な草原が広がっていたり、小屋の周りでおばあちゃんたちが遊んでいたり。じゃあ地元に置き換えて、静岡市内でこういう場所ってどこかなと考えてみたときに、蒲原には昔ながらの宿場町の風景が残っていて、これからも変わりにくい街並なんじゃないのかなと、2020年に築120年の町家をリノベーションした旅館型文化施設「素空庵」を立ち上げました。

牧田:素空庵はただの宿でもなく、ただの美術館でもなく、かといって空き家を残そう!というだけの活動でもなく。どういうものにしたいか未だに探り探りですが、歴史あるまちで、歴史ある建物を使わせてもらうので、そこでもともと暮らしていた人の物語をうまく引き出しながら、ここを訪れた人に伝えていくにはどうしたらいいか考えながらやっています。

牧田:オープンにあたっては、現代美術家の山本愛子さんにお願いして、この町家の歴史を掘り起こしながら、作品を滞在制作してもらいました。コロナで延期になっていた展示会が11月にようやく開催できたのですが、4日間のうち2日間、元住人の方が友達を連れて遊びに来てくださって。当時の暮らしぶりを説明してくださったりして、アートの展覧会というくくりではない場になっていました。

これからもそういう、日常生活と、外から訪れる体験との間を取るようなバランスで、この場所を運営していきたいと思っています。

地元の小学生に泊まってもらいたい

牧田:今は、地元の人にここに来てもらうきっかけをどうつくるか、ということを考えています。たとえば地元の小学生がただ遊びに来るだけではなくて、家族と一緒に泊まる経験ができたら、町家に対して親近感も生まれるんじゃないか。

この前の展示会では、作品を販売した売上で地元の小学生を宿泊招待する、という企画を実施しました。先日、小学生がまちの好きなところを案内するイベントがあって、そのときに案内してくれた生徒さん宛にお手紙を書いたら、すごく喜んでくれて。今度の春休みにさっそくご家族で泊まりに来てくれることになったんです。

牧田:実はこの「素空庵」は地元の小学生たちにはよく知られているんです。去年、夏休みの自由研究で、10人くらいの子たちが素空庵をテーマにやりたいと申し出てくれて、オンラインで彼らの質問に答えたんです。

―夏休みの自由研究! 小学生たちはどうやって素空庵のことを知ったんですか?

牧田:以前、地元の新聞に掲載されたとき、先生が教室で紹介してくれて。たまたまそのクラスの生徒の一人が素空庵のすぐ近くに住んでいたそうです。

柴山:普段の通学路が全然違って見えたでしょうね。まちへの視点が切り替わった瞬間って楽しいですよね。

牧田:そうですね。それまで空き家になっていたので、子どもたちと建物との関わりもなかった。素空庵をきっかけに改めて目が向いたのかなと思います。

牧田:あとは蒲原の中でも、実際に町家に住んでいる方ってかなり限られると思うんです。地元の人も、毎日見ているけど中に入ったことはないとか、重要文化財なら入ったことがあるけど実際に使われている町家には足を踏み入れたことがないとか。だから、地元の子どもたちにそういう機会をつくっていきたい。その結果として、街並が残る…というか、こういう町家を楽しく使いこなすような仲間が出てきたら一番いいな、と思います。

 

―牧田さんは建物も土地も買って、このプロジェクトを始めたんですよね。

牧田:そうですね。大学・大学院では建築を学んで、卒業後は建設会社で働きながら、がんばって貯金もして。それをただ銀行に預けておくのはもったいないな、と思って、不動産投資として賃貸用の物件を探していたんですね。東京と静岡の両方で探していたんですけど、同じ金額でも地元だったらマンションとかじゃなくて面白い物件があるかもしれない。そういう目線で蒲原の物件を見ていたときに、たまたまこの素空庵の外観写真に惚れ込んで。

牧田:それで内見に行ったのが2019年9月くらい。元住人さんの残した物がいっぱい置いてあったんですけど、ひとつひとつ何が入っているか描かれて紐で結ばれて収納されていて、丁寧に暮らされてきた建物なんだとわかりました。では買ってどうするかと考えたとき、旅館という選択肢が浮上してきたんです。

僕は旅が好きで、バックパッカーとしていろんな宿に泊まり歩いたので、宿にはすごく憧れがありました。しかもこの建物なら、ゲストハウスというより一棟貸切のほうが豊かな過ごし方ができそうだ、と思って。そこから、いつ売れてしまうか分からないので、大急ぎでいろいろ調べて計画を立てて、契約したのが12月でした。実は9月に娘も生まれて、バタバタでした(笑)。

「地元を旅する、旅が居場所になる―まちは劇場ってなんなんだ会議:東海道編」(後編) へ続く

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