1月29日(土)放送:『ひとりの夜』/ワークショップ作品

『ひとりの夜』

しまむ・作

夜、
コーヒーを外で飲みます
あなたにとっての深夜
缶コーヒーではなく、ペットボトルのコーヒーでもなく
あなたがお湯を注いで入れた、コーヒーです

買ってしまえば早いって?
いえいえ、それでは普段と変わりません
お気に入りのカップに、お気に入りのコーヒーをあなたの手で淹れることが大切です
舌を潤わす苦味と鼻腔をくすぐる豊かな香りを携えて
可能であれば夜空の下で
ちょっとだけ特別な、あなただけの時間を作るのです

そのためには、あなたが一人であることを感じられる場所へ赴くことをお勧めします
例えば
公園、屋上、ベランダ、道路…
木のある場所、植物のある場所でも
今が冬であるならば
外へ出た瞬間、あなたの頬に触れる冷たさ
時間が止まるような張り詰めた空気
を、感じる絶好の機会でもありますね
場所が決まったら、目を閉じ、耳を澄ませます
木々の揺れる音、昼より少ない車の走行音、虫の音色…はこの時期にはありませんね
でもそこでしか感じ取れない音を見つけることができたのなら
きっと、儲けものです

さて、ちょっと深呼吸
手を伸ばして、大きく鼻から
コーヒーの香りと冬の香りが混じって、その場所の香りを感じ取れるかもしれません

もう目はあけて大丈夫ですので
次は、のぞき穴を作ります
狐の窓はご存じですか?
両手の指を組み合わせて、枠を作るのです

指の間からのぞく場所は
街頭で照らされている箇所よりも、隙間にできる影がいい
目線を遠くに向けて、ずーっと先を見てみるのもいい
真っ黒で見えづらいことは知っています
明るい時には先まで見えるのに
黒く塗りつぶされてしまって先がわからない
それでもあなたは、黒くて見えない先の先を見ようとしています
うすぼんやりと、なにかが見えてきた頃
きっとあなたは
あなたの瞳で見ることが可能な最果てを探し、
その先の回廊を夢想し、
あなた自身を見据えることができるでしょう

あなたは周りを見渡し、ときおり視線を変えてみます
しゃがんで少し上を見上げるように
体を曲げて股や袖の下からさかさまの世界をのぞくように
そうすることで味わえるわずかなスパイスの醍醐味を
きっとあなたは知っているから

ここでもう一度、深呼吸
目を閉じ、呼吸を止めて
夜の息遣いを見るあなたは
夜のささやきに触れています
くすぐるような香りが鼻腔を抜けて
静けさに含むわずかな音色を感じつつ
コーヒーと夜を飲みつくしたなら
あなたはあるべき場所へ帰ります 
あなたが思いつく限りの完璧なドレスを纏って

わずかな時間のわずかな旅が終わり
夜がはがれて落ちてきたら
身をゆだねて眠りなさい
良い夢を


聴き直し

当日の放送は以下You Tubeまたはradkoタイムフリーから聴くことができます。

今回の戯曲を読み上げてくれたのはSPAC-静岡県舞台芸術センターの俳優・大内智美さん。きつねの精霊のささやきのような、真夜中のコーヒーから立ち上る湯気が喋ったらこんな声なのかな、と思うような。私たちに見えている景色とは別の、もうひとつの世界の存在のように、あやしくも優しく語りかけてくれました。

今回の舞台

これまで『きょうの演劇』の戯曲はプロジェクトチームが書いていました。ですが今月は、2021年10月に実施した戯曲の公募でリスナーさんから届いた作品や、ワークショップから生まれた作品をお送りしていきます。第四弾は、ワークショップに参加した、しまむさんの作品です。

今回は、皆さんのご自宅の近くやお気に入りの場所など、身近な場所でどこでも上演できる戯曲です。

作者のしまむさんからのコメントが届いています。

「冬ってどうしても寒くて、出来ることなら外には出ずにぬくぬく過ごしたい!と考えてしまいますよね。でも冬の夜には張り詰めたような空気と自分一人が独占できるような心地よさもあります。それがあなたにとってのちょっとしたスパイスになるかも!?ぜひそんな冬の夜を感じてみてください。」

上演のコツ

「コーヒーはあなたが注いだものなら豆から挽いたものでもドリップパックでもどちらでも良く、外に出る事に不安ならベランダや窓を開けて外の空気と触れ合える場所。できれば灯りは消して、1人の時間を楽しんで下さい。」(しまむさん)

ちなみに戯曲に登場する「狐の窓」とは、少し変わった形に指を組んで、窓枠のようなものを作る方法のひとつ。例えば狐火(夜の闇に現れる怪しい火のこと)など、異常な事態に出くわした時に、すばやく相手の正体を見破り、危機を逃れる方法とされているそうです。興味のある人は、インターネットなどで調べてみてくださいね。

2月1日の新月に向けてだんだんと月が細く、夜の闇が濃くなっていくタイミング。ぜひこの週末に上演してみてはいかがでしょうか。

上演して(やって)みたよ! で、どうすればいいの?

きょうの演劇では「こんなふうにやってみたよ!」という体験談や、感想を募集しています。ラジオネームと、やってみた人は写真を添えてTwitterInstagramで投稿してください。

SNSに投稿する際はハッシュタグ「#きょうの演劇」を添えてください。「きょうの」はひらがな、「演劇」は漢字です。メール kyonoengeki☆gmail.com(☆を@に変えてください)またはフォーム でも受け付けています。

お送りいただいた体験談は、ラジオまたは『きょうの演劇』公式ウェブサイトまたはSNSで紹介させていただきます。

次回予告

来週2月5日(土)は、ワークショップ参加作品『道』をお送りする予定です。どうぞお楽しみに。

 

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