10月9日(土)放送:「大谷崩のはなし」

「大谷崩のはなし」

きょうの戯曲は、シンプルです。
水道からコップに一杯、水を汲んでください。
それを一口だけ、じっくりと味わいながら、飲んでみてください。

次に、コップの水と一緒に、その水が湧き出している水源地を訪ねてください。
水源地に着いたら、コップの水で絵の具を溶いて、そこの景色をスケッチしてください。
絵が完成したら、家に持ち帰り、好きなところに飾って、その絵を眺めながら水道の水を飲んでください。
以上。

けれど、今すぐ、水源まで出かけられない人もいるでしょう。
そんな人は、その水が見てきた景色を、水にたずねてください。
その水がどこからやってきたのか、水に語らせてください。

わたしですか? わたしのふるさとは、安倍川の源流、大谷崩(おおやくずれ)。

静岡のまちがあるこのあたりは、かつて海でした。安倍川に運ばれた土砂が少しずつ堆積して、静岡平野と三保半島がつくられ、陸地に人々が暮らし始めて、まちが生まれました。だから安倍川は、このまちの母なる川だといえるでしょう。

大谷崩があるのは、携帯電話もつながらない、標高2000メートルの山の頂。南アルプスに連なる峰が、夏は新緑、秋は茜色に色づく美しい山々のあいだ。まるで巨人が大きな手で引っ掻いたように、木々が絶え、灰色の岩肌を見せている山があります。それはひとびとに「大谷崩」と呼ばれている、巨大な山崩れです。そこが、わたしが久しぶりに空を見た場所でした。ずっと、地面の深いところを巡っていましたから。

その山崩れが起こったのは、何百年も前、富士山も揺るがすほどの大きな大きな地震があったとき。それ以来、大雨や地震のたびに少しずつ崩れ落ち、今では巨大な岩や石が山裾を埋め尽くしています。山頂から湧き出す細い水の流れが、それらを少しずつ川下へと運んでいきます。

安倍川は早くて急な川です。激しい流れに揉まれながら、運ばれた石はだんだんと小さく丸くなり、それでも丸くなりきれない、どこか無骨な表情のまま、安倍川の広い広い河原と、駿河湾の深い海の底に降り積もっていきます。

何千年、何万年か経つ頃には、川がすべてを流し去り、山も大谷崩も跡形もなく消えているのかもしれません。そのころ、わたしは地球のどこか別のところを巡っているでしょう。何千年、何万年か経った頃、あなたが今とは違うかたちで地球のどこかに生きているのなら、きっとまた、会えるでしょう。

水道からコップに一杯、水を汲んでください。
コップの水を、その水が見てきた景色と一緒に味わってください。
数万年後の地球でまた会えることを願って、飲み干してください。


聴き直し

当日の放送は以下You Tubeまたはradkoタイムフリーから聴くことができます。

今月(2021年10月)の戯曲を朗読してくれているのはSPAC-静岡県舞台芸術センターの俳優・小長谷勝彦さん。今回の物語の語り手(主人公)は、何千年、何万年と地球をめぐってきた水。そんな、人間を超えたふしぎな存在感と流れる水の躍動感を、見事に表現してくれました。

今回の舞台

今回の舞台となったのは「大谷崩(おおやくずれ)」。安倍川の源流に存在し、南アルプスを代表する「山体崩壊」(山崩れ)です。そばには観光地として知られる梅ヶ島温泉もあります。

「日本三大崩れ」のひとつとして全国的に有名で、作家・幸田文(こうだあや/幸田露伴の娘)は大谷崩と出会ったことをきっかけに、全国の崩壊地を巡って随筆『崩れ』を書きました。ちなみに当時、72歳。晩年の大作家をもってしても、衝撃的な体験だったようです。

静岡市の中山間地域(オクシズ)を代表する絶景のひとつですが、静岡に住んでいても知らない人・行ったことのない人も多いのではないでしょうか。静岡の山々が南アルプスに連なること自体、意外に思う人もいるかもしれませんね。景勝地とはいえ、簡単に行ける場所ではありません。戯曲にも書かれている通り、携帯電話もつながらない秘境。地球の大きさ、山々が形づくられてきた歴史……人間ひとりの体を通してはなかなか実感が難しい、そんなスケールの大きな時間の流れを感じさせてくれる場所です。

ちなみに大谷崩ができたのは1707年の大地震・宝永地震のとき、とされています。その49日後、歴史上一番新しい富士山の噴火「宝永の大噴火」がありました。

いつも何気なく飲んでいる水道の水。その源を追いかけると、想像もしなかった景色に出会えるのかもしれません。そんな景色の記憶と共に味わうと、水の味わいも、水への意識も変わるのではないでしょうか。

上演のコツ

できればぜひ、ご自分のおうちの水道の水源地に足を運んでみてください。自治体の上下水道局のウェブサイトなどで、お住まいの地域がどこから水を引いているか、調べられると思います(たとえば静岡市の場合はこんな情報が公開されています)。たとえば「この川の水を引いている」「このダムから水が来ている」といった情報が分かったら、できればその源流まで辿ってみましょう。こんなきっかけでもなければ、なかなかできない(しない)体験だと思うので、ぜひ挑戦してみてくださいね。

行けない人は、水源地について情報を集めて、そこがどんな場所なのか、想像してみましょう。小さなお子さんなど、一緒に住んでいる人と「どんな場所なのかな?」と話し合ってみるのもいいですね。

上演して(やって)みたよ! で、どうすればいいの?

きょうの演劇では「こんなふうにやってみたよ!」という体験談や、戯曲の感想を募集しています。ラジオネームと、やってみた人は写真を添えてTwitterInstagramで投稿してください。あなたの暮らすまちの水道の水はどこから来ているのか、コップを満たした水の写真と共にぜひ教えてください。

SNSに投稿する際はハッシュタグ「#きょうの演劇」を添えてください。「きょうの」はひらがな、「演劇」は漢字です。メール kyonoengeki☆gmail.com(☆を@に変えてください)またはフォーム でも受け付けています。

お送りいただいた体験談は、ラジオまたは『きょうの演劇』公式ウェブサイトまたはSNSで紹介させていただきます。

次回予告

次回10月16日(土)は、静岡のお酒をテーマとした戯曲を放送します。どうぞお楽しみに。

また、きょうの演劇では皆さんの考えた戯曲も募集しています。選ばれた作品はラジオで放送されますので、詳細をご確認の上、ぜひふるってご応募ください。

 

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