12月4日(土)放送:「興津のあんこはしょっぱい」

「興津のあんこはしょっぱい」

興津の海が見たかった。
落ち込んでいるわけじゃないけど、なんだか泣きたい気分の時は、興津の海が見たくなる。

こんなときは、駿河健康ランドに行くことにしている。海が見れて、温泉とサウナが最高だから。でも今日は、ちょっと歩きたい気分だった。だから車じゃなく東海道線に乗って、興津駅で降りてみた。

駅前に和菓子屋が2軒。小腹がすいていたので、つい大福を買った。人は弱っている時は温かいものとか、甘いものに吸い寄せられる。大福をほおばりながら細い路地を入り、住宅街を進んでいく。遠くに、少しかすんでそびえ立つ駿河健康ランドが見える。

やがて、小さな商店街に出た。踏切の手前に、また和菓子屋がある。看板に「ふなじ うしほ屋」と書かれている。つい、ふらふら誘い込まれて、この店が元祖だという「生どら」を買った。あんこが入っている「きんとき」の方を選ぶ。ねずみの形をした「ちいちい餅」もかわいい。清水の名物で、興津では「ちゅうちゅう餅」と呼ぶらしい。
「うしほ」は「うしお」のことだろう。よく見れば、斜め前の文房具屋さんは「シオヤ文具店」。聞けばこの道は、大昔から甲州に塩や海の幸を運んでいた「塩の道」だという。ここから海は見えないが、看板から潮の香りを感じる商店街だ。

シオヤ文具店の脇の細道を入っていくと、やがて広々とした、気持ちのいい神社に出た。ここは宗像神社(むなかたじんじゃ)。興津の地名の由来にもなった、沖津島姫命(おきつしまひめのみこと)が祀られている。境内に立派な松の木がある。昔は海に出た漁師たちの灯台代わりになっていたらしい。私の灯台は、駿河健康ランド。この興津のセンチメンタルジャーニーのあいだじゅう、ふと目を上げればいつもそこにいて、ずっと私を見守っている。まるで富士山のようだ。

神社を出て、海の気配がするほうへ歩く。参道の入り口に「女体の森」と書かれていて、ドキッとしてしまう。沖津島姫命のほか女神がたくさん祀られているから、という理由らしい。海に出た漁師たちが、陸地を懐かしんでそう呼んだ気持ちがいじらしい。
振り返ると、国道をはさんで向こう側に「興津のたい焼き」という看板が見える。また、あんこに出会ってしまった。興津の漁師たちに敬意を評して、たい焼きを買うことにする。

すぐそばの公園で、海の見える小さな丘を見つけ、たい焼きをかじる。興津にはかつて、歌枕になるほど美しい「清見潟(きよみがた)」という砂浜がずっと続いていた。今は埋め立てられ、海岸線は遠い。この公園も、むかしの砂浜の名残のように、海岸線に沿って細長く、何キロも続いている。そんな歴史のせいか、やっぱり興津の海はちょっとセンチメンタルだ。でも、なんだかそれもいい。今日はサウナをやめて、記憶の中の砂浜をずっと歩いてみようか。潮風が吹いて、遠くの海がキラキラと光る。興津のあんこはしょっぱかった。


聴き直し

当日の放送は以下You Tubeまたはradkoタイムフリーから聴くことができます。

今回の戯曲を朗読してくれているのはSPAC-静岡県舞台芸術センターの俳優・牧山祐大さん。あんこに誘われて興津の海の記憶へとたどり着く、哀愁漂う(甘党の…)主人公をいきいきと演じてくれました。

Ⓒ加藤孝

今回の舞台

12月のテーマは「お菓子で旅する東海道」。旅の疲れを癒すのは、やっぱり甘いもの。東海道の宿場町を舞台に、お菓子から始まる小さな旅を戯曲にしてお届けしていきます。

興津駅前から主人公が迷い込んだ住宅街。このずっと先に駿河健康ランドがあります。

今回の舞台は、静岡市清水区にある「興津」。このあたりの海辺は古くから「清見潟」と呼ばれ、歌枕として名を馳せました。もともと1300年前から関所が設けられていましたが、江戸時代には東海道五十三次の17番目の宿場として発展。明治期には鉄道が通り、目の前に三保の松原をのぞむ風光明媚な別荘地として、多くの文人や政治家に愛されました。

興津の地名の由来でもある、沖津島姫命を祀った宗像神社。

1960年代以降、清水港の埠頭として砂浜は埋め立てられましたが、かつての面影を残す坐漁荘(ざぎょそう)、清見寺(せいけんじ)など、歴史的な名勝が残っています。かつて砂浜があったところは「清水清見潟公園(しみずきよみがたこうえん)」という全長5キロにわたる細長い公園になっています。

遊具が独特…ですが、とても気持ちのいい公園でした。そしてとっても細長い。

この興津、実は「あんこのふるさと」とも呼ばれています。理由は、製餡技術発祥の地だから。明治時代、それまで手作業で一日がかりの重労働だったあんこ造りを機械化した北川勇作、内藤幾太郎は興津出身。私たちが現在、日常的にあんこを楽しめるのは、この二人のおかげ。あんこ業界では「大恩人」とされていて、興津の承元寺(しょうげんじ)にはふたりを称える石碑もあります。

戯曲にも登場する「ふなじ うしほ屋」さんの前で。

「生どら」はうしほ屋さんが元祖なんだとか…!

あんこのふるさとを訪ねて興津を歩いたところ、和菓子屋さんの数もさることながら、まちの歴史の深さと文化の薫りに驚かされました。そして、どこからでも見える駿河健康ランドの存在感も印象的でした。皆さんもあんこを味わいながら、かつての砂浜の記憶をたどる、センチメンタルな旅を楽しんでみてください。

上演のコツ

ぜひ戯曲の主人公が歩いたルートをたどって、興津でセンチメンタルジャーニーを体験してみてください。

ちなみにこちらの地図は徒歩1時間10分になっていますが、全長約5キロある清見潟公園をほぼ最初から最後まで歩いた上に(戯曲には登場しない)清見寺と坐漁荘に立ち寄って、〆に温泉とサウナまで入った場合のフルコース。

・・・登場したお店・・・
名物屋
ふなじ うしほ屋
興津のたい焼き 伏見たいやき店

戯曲に登場する部分だけなら徒歩15分程度。お菓子を食べ歩きした上に、あちこち寄り道しても、60〜90分ほどあれば回れると思います。興津では他に「宮様まんじう」で知られる潮屋も有名ですよね! なんでも「うしほ屋」さんとは親戚なんだとか。

もし、興津に行けないよ〜という方は、静岡で、あなたがセンチメンタルな気持ちになったら行く場所・見たい景色を教えてください。

上演して(やって)みたよ! で、どうすればいいの?

きょうの演劇では「こんなふうにやってみたよ!」という体験談や、戯曲の感想を募集しています。ラジオネームと、やってみた人は写真を添えてTwitterInstagramで投稿してください。

もちろん、戯曲の感想も大歓迎です。興津のお気に入りの場所や、思い出を教えてくれるのも嬉しいです。

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次回予告

次回は府中の宿を舞台とした「安倍川もちを食べに来た」です。どうぞお楽しみに。

 

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