9月25日(土)放送:「降りたことのない駅で降りてみる」

「降りたことのない駅で降りてみる」

なんでもない日に、電車に乗って、降りたことのない駅で降りてみてください。
地図は見ないで、右か左か迷ったら、予想がつかないほうを選んでください。
決して、何も探さないでください。

たとえば、静岡鉄道・新清水駅のひとつ手前、入江岡。しずてつ全15駅の中で、いちばん乗降客数の少ない駅です。きょうは、ここで降りてみましょう。

ホームから細くて急な階段をのぼると、ひとつだけある改札の手前に、寄せ書きのようなものが飾られています。旧清水市と旧静岡市が合併した2003年に、清水市の子どもたちが書いたメッセージです。

「清水よ。いつまでも愛しておるぞ」
「大好きな清水は 心の中の町」
「清水が静岡市になったとしても、清水は永遠です」

18年前の小学生たちの言葉に見送られて駅を出ると、小さな神社があります。お参りもそこそこに、神社を住みかにしている黒い揚羽蝶に、あいさつをします。

そのまま道なりに進むと、突き当りに「いちろんさん」と書かれた建物が見えてきます。「いちろんさん」とはいったい何か、斜め向かいの靴屋のおかあさんが親切に教えてくれようとしますが、謎のままのほうが楽しいので、知らなくっても構いません。隣の駅からお嫁に来たというおかあさんは、目の前の通りが東海道だと教えてくれます。そして、大昔はこのあたりまで海だったということも。

商店街を進んでいくと、やがて巴川にかかる橋にぶつかります。石造りのカッパたちが遊んでいますが、この橋を渡ったら旅が終わってしまう気がして、もう少し下流を目指します。

川面を跳ねる魚や、それを眺める観客席のようなベンチを指差し確認しながら過ぎていくと、橋のたもとに小さな食堂を見つけます。絶対おいしいお店だろうなと思うのですが、今はおなかが空いていないので、橋を渡ります。渡った先で鉄道橋、つまり川の上を走る線路の下をくぐり抜けます。ちょうど電車がやってきて、地響きとともに頭の上を走り抜けていきます。

簡素だけれどすべり台とブランコと鉄棒の並びが完璧な公園の角を曲がり、立派なお屋敷をのぞきたいが塀が高すぎて断念し、味のある商店街に後ろ髪を惹かれながら、新清水駅でついに電車に乗ります。

新清水駅発、新静岡行きの電車が走り出しました。車窓から、さっき渡った橋が見えます。景色は飛ぶように過ぎていくのに、あなたの目には、あの公園も、お屋敷も、黒揚羽蝶にあいさつをした神社も飛び込んできます。その向こうの商店街も、海の伝説を語る靴屋のおかあさんも思い出せます。そのすべてがなぜか、懐かしくてたまらないことに気がつきます。

なんでもない日に、電車に乗って、降りたことのない駅で降りてみてください。
決して、何も探さないでください。
そこであなたが見つけたものを、教えてください。


聴き直し

当日の放送は以下You Tubeまたはradkoタイムフリーから聴くことができます。

今月(2021年9月)の戯曲を朗読してくれているのはSPAC-静岡県舞台芸術センターの俳優・宮城嶋遥加さん。ご自身も舞台となった入江岡と同じ、清水区(旧清水市)ご出身だという宮城嶋さん。静岡らしいイントネーションも交え、のどかな風景の中にひそむ胸が高鳴るようなときめきを豊かに表現してくれました。

今回の舞台

「しずてつ全15駅・沿線11キロ、100年の旅」にと「ヤングランド・ドリームランド」に続き、9月は静鉄特集。今回は特定の駅ではなく「自分の一度も降りたことのない駅で降りてみる」という、小さな冒険のミッション。上演する人ひとりひとりが、自分だけのひみつの探検をする戯曲です。「まちをつかったひみつのあそび」ならぬ「電車をつかったひみつのあそび」ですね。

どのように歩けば、降りたことのない駅で降りただけで、冒険ができるのでしょうか? そのヒントをつかんでもらえるよう、しずてつ15駅の中でもっとも乗降客数の少ない小さな駅、「入江岡駅」から始まる街歩きの風景を、ストーリー仕立てでお送りしました。

今回の戯曲に登場するなかで、ぜひ注目していただきたいのが、2003年の静清合併――つまり、旧清水市と旧静岡市が合併して現在の静岡市になった際に、地元の小中学生たちが書き残したメッセージボードです。正直、先生に言われて書いたんだろうなあ…という似たような言い回しも多いのですが、時おり、今回ご紹介したような味わいある言葉が見つかります。清水の子どもたちの(これから市の名前としては消えてしまう)清水への愛と惜別の思い、18年の時を超えて届いたでしょうか。

入江岡駅だけでなく、旧清水市エリアの桜橋、狐ケ崎、御門台や、旧静岡市エリアの音羽町など他の駅にも掲示されていますが、全駅にはありません。改札のそばの壁に張られていることが多いので、ぜひ探してみてください。ちなみに駅員さんに聞くと、どの駅にあるか教えてもらえますが、すべて把握している人は駅員さんでも少ないようです。

上演のコツ

うしろの予定がないときなど時間に余裕のあるときがベストですが、1,2時間でも十分、冒険はできます。戯曲に書かれている通り、なるべく地図は見ないで、予想のつかないほうへと進んでみてください。スマホはすぐに取り出せないようカバンにしまったり、電源を切ってしまうのもおすすめですよ。

ちょっと心細いなあ…という場合は、ぜひお友達や家族を道連れに誘いましょう。できれば、なにも特別なイベントがなくても、会話が途切れて静かになっても大丈夫なお相手がベストです。

市外・県外にお住まいなど、しずてつが遠くて体験しに行けない…という方は、地元の鉄道でやってみてください。海外の鉄道なんかもいいですね。いろいろな場所の鉄道と、しずてつがこの戯曲がつながれば嬉しいです。

上演して(やって)みたよ! で、どうすればいいの?

きょうの演劇では「こんなふうにやってみたよ!」という体験談や、戯曲の感想を募集しています。ラジオネームと、やってみた人は写真を添えてTwitterInstagramで投稿してください。しずてつで一度も降りたことのない駅名を投稿してくれるだけでも嬉しいです。

SNSに投稿する際はハッシュタグ「#きょうの演劇」を添えてください。「きょうの」はひらがな、「演劇」は漢字です。メール kyonoengeki☆gmail.com(☆を@に変えてください)またはフォーム でも受け付けています。

お送りいただいた体験談は、ラジオまたは『きょうの演劇』公式ウェブサイトまたはSNSで紹介させていただきます。

次回予告

来月は「水」をテーマにした戯曲を放送していく予定です。また、きょうの演劇では皆さんの考えた戯曲も募集しています。選ばれた作品はラジオで放送されますので、どうぞお楽しみに。

書いてみたいけど書き方がわからない…という方のために、プロジェクトメンバーが講師となって一緒に戯曲をつくる、全3回のワークショップも開催します。参加費無料、お申し込みは10月2日(土)まで。ぜひ詳細をご確認の上、ふるってご参加ください。

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